
妖怪の移動方法は、歩く、走る、水中を泳ぐ、地中へ潜るだけではありません。
翼で山々を飛び越える天狗、風に乗って滑空する獣、夜空を漂う生首、炎の尾を引いて飛来する怪火など、日本の伝承には空中を移動するさまざまな存在が登場します。
この記事では、「実際に空を飛ぶ」「雲や風に乗る」「空中を浮遊・移動する」という特徴が確認できる20体を紹介します。
翼・獣の体・雲で空を飛ぶ妖怪
1.烏天狗(からすてんぐ)
分類:天狗・鳥人型の妖怪
飛び方:翼で飛ぶ

烏天狗は、烏のような顔や嘴、黒い翼を持つ天狗です。山伏の装束をまとい、錫杖や太刀、羽団扇などを携えた姿で描かれます。
長い鼻を持つ大天狗よりも鳥に近く、山の上空を身軽に飛び回る存在です。風を操り、人を山中で迷わせるほか、武芸や修験道とも結びつけられています。
2.一反木綿(いったんもめん)
分類:布の妖怪
飛び方:細長い布の姿で空を舞う


一反木綿は、鹿児島県大隅地方に伝わる、長い白布のような妖怪です。夕暮れ時に空をひらひらと飛び、通行人の首へ巻きついたり、顔を覆ったりするとされます。
現在は目のある親しみやすい姿でも知られていますが、もとの伝承では、何の変哲もない白い布が意思を持って襲ってくる不気味な怪異です。
3.野衾(のぶすま)
分類:獣型の妖怪
飛び方:ムササビのように滑空する
野衾は、ムササビやモモンガ、コウモリに似た姿で夜の山中を飛ぶ妖怪です。木の上から滑空し、旅人の顔へ覆いかぶさって目や口をふさぐとされます。
別名を「飛倉」といい、布や風呂敷が広がったような姿に見える点では一反木綿に似ています。ただし、野衾は毛と皮膜を持つ獣として語られるのが大きな違いです。
4.野鉄砲(のでっぽう)
分類:獣型の妖怪
飛び方:木の上から滑空して飛びかかる

野鉄砲は、『絵本百物語』に登場する、狸・猯・ムササビなどに似た山の妖怪です。夕暮れの山中で木の上から人の顔へ飛びかかり、視界を奪ったうえで生き血を吸うとされます。
鳥のように長距離を飛ぶというより、樹上から滑空して獲物を襲うタイプです。野衾とよく似ていますが、吸血する性質が強調されています。
5.以津真天(いつまで)
分類:怪鳥・死者に関わる妖怪
飛び方:翼で夜空を旋回する

以津真天は、人の顔を持つ巨大な怪鳥です。京都の紫宸殿上空を飛びながら、「いつまで、いつまで」と鳴いた怪鳥の説話をもとにしています。
その声は、戦乱や疫病で亡くなり、いつまでも放置された死者たちの訴えだと解釈されました。ただし、『太平記』の怪鳥に「以津真天」という名はなく、後に鳥山石燕が名づけて描いた存在です。
6.五位の光(ごいのひかり)
分類:鳥の怪異・怪光
飛び方:光をまとった鳥として飛ぶ

五位の光は、五位鷺が夜に青白く光って見える怪異です。青鷺火や五位の火とも呼ばれ、闇の中を飛ぶ鳥が火の玉のように見えたとされます。
『和漢三才図会』にも、月夜に飛ぶ五位鷺が火のように見えるという説明があります。人を襲う妖怪ではなく、夜行性の鳥と光が生み出した不思議な目撃譚に近い存在です。
7.雷獣(らいじゅう)
分類:獣型の妖怪・天候の怪異
飛び方:雷雲に乗って飛ぶ

雷獣は、落雷とともに現れるとされた獣の妖怪です。猫、狸、鼬、鼠、狼など、姿は地域や資料によって異なります。
栃木県烏山周辺の伝承では、山の穴に棲む雷獣が、夕立の雲に乗って飛び去るとされます。翼で飛ぶのではなく、雷雲を乗り物にして空を移動する珍しいタイプです。
8.海月の火の玉(くらげのひのたま)
分類:海の生物にまつわる怪異・怪火
飛び方:風に乗って空中を漂う

海月の火の玉は、石川県加賀市大聖寺に伝わる怪異です。夜道へ飛んできた火の玉を侍が斬ると二つに割れ、粘つくものが顔へ貼りついたとされます。
古老は、その正体を「海月が風に乗って飛び回ったもの」だと説明しました。妖怪が自力で飛ぶ話ではなく、海の生き物が風で運ばれ、夜には怪火のように見えたという珍しい空中怪異です。
人・首・道具の姿で空中を移動する妖怪・怪異
9.火車(かしゃ)
分類:葬送の妖怪・猫の怪異
飛び方:雷雲から舞い降りる

火車は、葬儀の最中に激しい雷雨とともに現れ、棺から死体を奪い去る妖怪です。炎に包まれた車や、年老いた猫が化けた怪物として語られます。
地上を走る車だけを指すのではなく、黒雲から降下して遺体をさらう怪異です。空から突然襲来し、再び死体を連れ去る点で、葬送にまつわる飛行妖怪といえます。
10.抜け首(ぬけくび)
分類:人型の妖怪・首の怪異
飛び方:胴体を離れた頭部だけで飛ぶ

抜け首は、夜になると頭が胴体から完全に離れ、首だけで空を飛び回る妖怪です。人へ噛みつく、血や精気を吸う、恨みのある相手を襲うなどの性質も語られます。
首が長く伸びる「ろくろ首」と混同されやすいものの、抜け首は頭部と胴体が分離する点が決定的な違いです。首が出かけている間に胴体を動かされると、元へ戻れなくなるともいわれます。
11.舞首(まいくび)
分類:怨霊・首の怪異
飛び方:三つの首が海上を舞う

舞首は、相模国に伝わる三つの生首の怪異です。小三太・又重・悪五郎という三人の男が争って命を落とし、その首が死後も海上で争い続けたとされます。
三つの首は夜の海に浮かび、互いに火や怪しい息を吐きながら舞います。抜け首が一つの胴体から離れて飛ぶのに対し、舞首は死者の怨念そのものが首の姿で空中へ現れる妖怪です。
12.紙舞(かみまい)
分類:器物怪異・現象の妖怪
飛び方:風のない室内で紙や道具が舞う

紙舞は、風もないのに紙が一枚ずつ宙へ舞い上がる怪異です。やがて硯、墨、筆、着物、帯などまで勝手に飛び始めるとされます。
はっきりした妖怪の体があるのではなく、室内の物がひとりでに浮かび、舞い飛ぶ現象そのものです。空の高い場所を飛ぶ存在ではありませんが、「物が意思を持って空中を動く」器物怪異として掲載します。
空を飛ぶ怪火・霊魂
13.人魂(ひとだま)
分類:霊魂・怪火
飛び方:尾を引く火の玉となって漂う

人魂は、死者の魂が青白い火の玉となり、夜空を飛ぶと考えられた怪異です。墓場、寺、川辺、山道、家の屋根などに現れ、人の死を知らせる前兆ともされました。
ふわふわ漂う、一直線に横切る、長い尾を引くなど、飛び方は伝承によって異なります。妖怪というより、幽霊・死霊・怪火の境界にある存在です。
14.蜘蛛火(くもび)
分類:怪火・蜘蛛の怪異
飛び方:炎の尾を引いて猛烈な早さで飛来する

蜘蛛火は、奈良県桜井市周辺に伝わる怪火です。数百匹もの蜘蛛が集まって一つの火の玉となり、唸るような音を立てながら空を飛ぶとされます。
南の空などから猛烈な速さで飛来し、木や地面へ衝突すると消えたといいます。その火に当たった者は命を落とすとも恐れられました。
15.火魂(ひーだま)
分類:沖縄の鬼火・怪火
飛び方:鳥または尾を引く火球の姿で飛ぶ

火魂は、沖縄に伝わる怪火の一種です。鳥のような姿で空を飛び、家に火をつけたり、人の精気を奪ったりするとされます。
座間味村では、大きな赤い火球と、屋根ほどの高さを尾を引いて飛ぶ手のひら大の火球が語られています。死の前兆として現れる型もあり、地域によって性格に幅があります。
16.タマガイ
分類:沖縄の人魂・予兆の怪火
飛び方:集落の上を低く飛び、特定の家へ向かう

タマガイは、沖縄に伝わる人魂・鬼火系の怪異です。黄色い光の玉が長い青い尾を引く、または赤い球体として現れ、家の屋根や壁すれすれを飛ぶとされます。
旧暦八月のヨーカビには、若者たちが高い場所からタマガイの行方を見張りました。火の玉が向かった家では死や不幸が起こると考えられ、若者の霊は速く、老人の霊は遅く飛ぶという見方もあります。
17.二恨坊の火(にこんぼうのひ)
分類:怨霊・人面の怪火
飛び方:火の玉となって飛び、屋根や枝にとまる

二恨坊の火は、大阪府茨木市の旧二階堂村に現れた人面の怪火です。春から夏にかけての小雨の夜、空中を飛んで民家の棟や木の枝にとまったとされます。
無実の罪で殺された山伏・日光坊が、恩を忘れられたことと殺されたことへの「二つの恨み」から怪火になったという由来譚があります。
18.姥火(うばがび)
分類:怨霊・老婆の怪火
飛び方:雨夜に火の玉となって飛び回る

姥火は、老婆の罪や怨念が火の玉となった怪異です。鳥山石燕の絵では、炎の中に老婆の顔が浮かぶ姿で描かれています。
河内国の伝承では、枚岡神社の灯油を盗んでいた老婆が、死後に怪火となって夜空を飛び回ったとされます。人の肩や顔をかすめることがありますが、「油さし」と唱えると消えるともいわれます。
天を飛ぶ幻獣・霊的存在
19.龍(りゅう)
分類:幻獣・龍神・水神
飛び方:翼を持たず、雲とともに天へ昇る

龍は、蛇に似た長い体に四肢、角、髭を持つ霊獣です。海、湖、淵、滝などの水域に棲み、雲を呼び、雨や雷を伴って空を飛ぶとされます。
西洋のドラゴンとは異なり、翼を広げて飛ぶのではなく、長い体をうねらせながら水中や雲の中を進む姿で表されます。妖怪というより、雨や水を司る神として信仰されてきた存在です。
20.天人・天女(てんにん・てんにょ)
分類:天上界の霊的存在
飛び方:羽衣をまとって天と地上を行き来する

天人は、天上界に住む神仏に近い霊的存在です。日本の伝説では美しい女性の姿をした天女として現れることが多く、羽衣をまとって空を飛びます。
三保松原の羽衣伝説では、天女は羽衣を失ったため天へ帰れなくなり、返してもらった後に舞を舞って空へ昇ります。妖怪ではありませんが、空を飛ぶ力と羽衣が物語の中心にある存在です。
空を飛ぶ妖怪にもさまざまな飛び方がある
今回紹介した20体は、同じ「空を飛ぶ存在」でも、飛び方が大きく異なります。
空は、人間が簡単には到達できなかった領域です。夜空の鳥、流星、雷雲、風に舞う物、遠くに見える怪しい火など、正体の分からない空中の現象が、妖怪や怪異として語られてきたのでしょう。
空を飛ぶ妖怪を比べると、昔の人々が空に抱いていた恐れだけでなく、天上界や異界への憧れも見えてきます。