
日本の妖怪には、人を迷わせたり、いつの間にか姿を消したりする存在だけでなく、獲物をつかみ、袋へ詰め、住みかへ運び去る妖怪もいます。
巨大な猿のような怪物が女性をさらう。鬼の一団が都の人々を捕らえる。袋を背負った大男が子どもを連れ去る。海中の怪魚が尾を使って船人を引きずり込む。
この記事では、人間を捕らえる存在と連れ去り方が比較的はっきりしている10体を選びました。
なお、ここで扱うのは「誰が、どのように人を捕らえるのか」に重点を置いた妖怪です。人が突然いなくなる現象や、異界へ迷い込む話については、別記事の神隠しに関係する妖怪一覧で紹介しています。
神隠しと「人をさらう妖怪」の違い
「神隠し」と「妖怪による人さらい」は重なる部分もありますが、この記事では次のように分けています。
| 神隠しに関係する妖怪 | この記事で扱う妖怪 | |
|---|---|---|
| 主な焦点 | 人が突然いなくなる現象 | 妖怪が人を捕らえる行動 |
| 連れ去る存在 | 正体不明の場合も多い | 特定の妖怪・怪物がいる |
| 描写 | 迷う、隠される、異界へ入る | つかむ、袋へ詰める、捕らえて運ぶ、海へ引き込む |
| 代表例 | 隠し神、天狗、寒戸の婆 | 狒々、叺親父、磯撫で |
また、捕らえた人間を最後に食べる妖怪も含まれます。ただし、この記事の中心は「人を食べること」ではなく、人間を捕らえ、逃げられない場所へ連れ去る方法です。
怪力で人をさらう妖怪
1.狒々(ひひ)
分類:猿型の山の怪物
主な伝承地:和歌山県など

狒々は、巨大な猿のような姿をした山の怪物です。人や家畜を襲う怪力の持ち主で、老いた猿が化けたものとされる場合もあります。
人をさらう方法:
和歌山県などには、山から現れた狒々が女性を力ずくでさらうとする話があります。人間よりはるかに大きく力も強いため、目をつけられれば抵抗するのは困難です。
狒々譚には、村人が娘を人身御供として差し出す型もあります。
2.玃(やまこ)
分類:中国由来の猿型怪物
主な伝承地・由来:中国

玃は、普通の猿を大きくしたような姿の山の怪物です。「ヤマコ」のほか、「カク」「玃猿」とも呼ばれます。
日本各地の民間伝承から生まれた妖怪というより、中国の古典に記された怪物が、漢籍や妖怪画を通して日本へ紹介された存在です。
人をさらう方法:
山中で人間を襲い、とくに女性をさらうとされます。獲物を人里から遠い山奥へ連れ去る、巨大な猿型の人さらいです。
3.猿鬼(さるおに)
分類:猿型の怪物・鬼
主な伝承地:石川県・能登地方

猿鬼は、能登地方に伝わる巨大な猿の怪物です。伝承によっては頭に一本の角を持ち、人間や家畜を襲い、作物を奪ったとされます。
能登町当目の話では十八匹の仲間を従えていたとされ、気多大明神や神杉姫を中心とする神々の軍勢によって退治されました。
人をさらう方法:
猿鬼は仲間とともに集落を荒らし、娘をさらったと伝えられています。細かな捕らえ方までは伝承によって異なります。
4.酒呑童子(しゅてんどうじ)
分類:鬼の頭領
主な伝承地:京都府・大江山

酒呑童子は、大江山を根城として多くの鬼を率いた鬼の頭領です。源頼光と頼光四天王らによる退治譚で知られ、『大江山絵詞』や御伽草子などに物語が伝えられています。
人をさらう方法:
酒呑童子と配下の鬼たちは、都から人々、とくに女性をさらい、大江山の屋敷へ運んで捕らえたとされます。
狒々のように一体の怪物が飛び出して獲物を奪うというより、鬼の集団による組織的な人さらいです。捕虜は殺され、血肉を酒や食料のように扱われるため、連れ去りの先まで含めて非常に残酷な伝承です。
5.手長足長(てながあしなが)
分類:巨人・山の怪物
主な伝承地:秋田県にかほ市・三崎山周辺など

手長足長は、異様に長い腕を持つ「手長」と、長い脚を持つ「足長」です。二体一組で描かれる場合もあれば、一体の巨人として語られる場合もあり、地域によって性質が異なります。
秋田県にかほ市の小砂川地域では、三崎山に住み、手を伸ばせば鳥海山へ、ひとまたぎすれば飛島へ届くほど巨大な怪物だったと伝えられています。
人をさらう方法:
三崎山の手長足長は、道を通る旅人を捕らえて食べたとされます。具体的な捕らえ方の細部は残されていませんが、遠くまで届く手足で人間を捕まえる、山道の人さらいとして恐れられました。
子どもを奪う妖怪・怪異
6.片輪車(かたわぐるま)
分類:車輪の怪異・女性の怪異
主な伝承地:近江国など

片輪車は、炎に包まれた片輪の車に女が乗って現れる怪異です。夜中に車輪のきしむ音を立てて通り、その姿を見た者には祟りがあるとされました。
人をさらう方法:
『諸国里人談』に載る近江国甲賀郡の話では、禁を破って片輪車をのぞいた女の家から、幼い子どもが突然いなくなります。母親が自分の罪を認めて歌を詠むと、片輪車は心を動かされ、子どもを返しました。『譚海』にも信州を舞台とする類話があります。
なお、子どもを奪う話は、片輪車のすべての異伝に共通するものではありません。『諸国百物語』に載る京都・東洞院の話は、後の輪入道に近い別系統です。
7.コトリゾ(子取りぞ)
分類:子取り妖怪・しつけ妖怪
主な伝承地:島根県・出雲地方
コトリゾは、出雲地方に伝わる子取り系の妖怪です。独立した詳しい伝承は少なく、隠れ婆に似た存在として紹介されています。姿や服装なども、はっきりとは伝わっていません。
人をさらう方法:
外で遊んでいる子どもを捕まえ、その体から油を搾り、南京皿を焼くために使うといわれます。
「暗くなるまで遊んでいるとコトリゾに捕まる」と子どもを戒める、しつけ妖怪としての性格が強い存在です。
8.叺親父(かますおやじ)
分類:子取り妖怪・しつけ妖怪
主な伝承地:青森県・津軽地方

叺親父は、大きな叺を背負った、鬼のような大男です。「叺」とは、むしろで作った大きな袋を指します。
人をさらう方法:
泣いている子どもを見つけると、背負った叺へ無理やり詰め込み、そのままどこかへ連れ去るとされます。
姿、道具、連れ去る相手、方法がすべて明確で、子取り妖怪の中でも特に分かりやすい人さらいです。秋田県鹿角地方の「叺背負」や、長野県埴科地方の「袋担ぎ」など、袋を使う近縁の怪異もあります。
9.姑獲鳥(こかくちょう)
分類:中国由来の怪鳥・女怪
主な伝承地・由来:中国

姑獲鳥は、中国の古典に見える、出産や子どもと結びついた怪鳥・女怪です。鳥の姿と女の姿を使い分けるともいわれ、「鬼鳥」「夜行遊女」などの名でも語られました。
人をさらう方法:
夜に人家へ近づき、人間の子どもを奪って自分の子にするとされます。また、夜干しされた子どもの衣服へ血で印をつけ、その服を着た子に病をもたらすという話もあります。
日本では「姑獲鳥」を「うぶめ」と読むことがあり、日本の産女と混同されてきました。しかし、赤子を旅人に抱かせる日本の産女と、人の子を奪う中国の姑獲鳥は、もともと別の系統です。この記事では、子どもをさらう中国由来の姑獲鳥として掲載します。
海へ人を引きずり込む妖怪
10.磯撫で(いそなで)
分類:海の怪魚
主な伝承地:肥前松浦をはじめとする西日本近海

磯撫では、サメやフカに似た巨大な怪魚です。江戸時代の奇談集『絵本百物語』では、西海に多い怪魚として描かれています。
人をさらう方法:
磯撫では船へ音もなく近づき、無数の鉤や棘がある尾を持ち上げます。そして船上の人を撫でるように引っかけ、海へ引きずり込んで食べるとされます。
鋭い牙で正面から襲うのではなく、姿をほとんど見せないまま尾だけで獲物をさらう点が特徴です。水難や大型の海洋生物への恐怖が、目に見える怪物となった存在とも考えられます。
まとめ|人をさらう妖怪は「捕まえ方」が恐ろしい
今回紹介した妖怪・怪異は、次のように分けられます。
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怪力で奪う: 狒々、玃、猿鬼、手長足長
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集団で捕らえる: 酒呑童子と配下の鬼
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子どもを隠す・捕まえる: 片輪車、コトリゾ、姑獲鳥
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袋へ詰めて運ぶ: 叺親父
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水中へ引き込む: 磯撫で
神隠しの怪異では、「なぜ人が消えたのか分からない」という不気味さが中心です。一方、人をさらう妖怪の怖さは、長い腕、怪力、大きな袋、鉤のある尾など、捕らえるための姿や道具が具体的に語られていることにあります。
また、狒々の人身御供型、片輪車の異伝、姑獲鳥と産女の関係のように、「人をさらう」という性質がすべての伝承に共通しない例もあります。妖怪名だけで一括りにせず、どの地域・文献の話なのかを分けて見ることが大切です。
人が突然消える怪異については、神隠しに関係する妖怪一覧をご覧ください。
連れ去られた後に人間を食べる妖怪については、人を食べる妖怪・鬼・怪物10選でも紹介しています。