
日本の妖怪といえば、人を化かす狐や狸、水中へ引き込む河童、山に棲む天狗などが有名です。
しかし、日本には人間を襲うのではなく、これから起こる豊作、疫病、飢饉、戦争などを告げる不思議な存在も語られてきました。
それが、現在「予言獣」と呼ばれている怪異です。
予言獣の多くは、海や山から突然姿を現します。
そして未来の出来事を予言し、災いを避けるために自分の姿を描いて人々に見せるよう告げると、再び姿を消してしまいます。
新型コロナウイルスの流行時に注目されたアマビエも、こうした予言獣の一つです。
この記事では、未来を予言するとされる代表的な妖怪・予言獣を紹介します。
予言獣とは?
予言獣とは、未来に起こる豊作、疫病、飢饉、戦争などを人間に告げる怪異の総称です。
「予言獣」という呼び方は、江戸時代の人々が使用していた固有の分類名ではありません。
近年の研究において、似た特徴を持つ怪異をまとめるために使われるようになった言葉です。
予言獣には、次のような共通点があります。
- 海、山、牛小屋などから突然現れる
- 人間の言葉を話す
- 豊作と疫病の流行を同時に予言する
- 自分の絵姿を人々に見せるよう告げる
- 予言を終えると姿を消す、または死ぬ
- 絵姿が病除けや災難除けの護符になる
江戸時代後期には疫病の流行や社会不安が繰り返されました。
その中で、災厄の到来と回避方法を同時に告げる予言獣の絵は、瓦版、刷物、写本などを通して広まっていきました。
1. 件(くだん)
件は、牛の体に人間の顔を持つ予言妖怪です。
牛から生まれ、生まれて間もなく人間の言葉で重大な未来を告げると、数日ほどで死んでしまうとされます。
予言は決して外れないと恐れられ、幕末から明治、昭和にかけて各地で目撃談や噂が広まりました。
予言の内容
件が告げる内容は、時代によって異なります。
豊作、疫病、飢饉、戦争、空襲、終戦など、その時代の人々が強く不安を抱いていた出来事が予言の内容になりました。
幕末には、豊作の一方で悪病が流行すると告げ、自分の絵姿を家に貼れば災難を免れられると語った例もあります。
昭和になると、世界大戦や空襲、終戦を予言したという噂まで生まれました。
特徴
件は、アマビエなどの予言獣と比べても、特に予言そのものが強調される妖怪です。
災いを知らせるだけでなく、その言葉が必ず現実になると信じられていたことから、「予言する妖怪」の代表格といえます。
2. アマビエ
アマビエは、江戸時代後期に肥後国、現在の熊本県の海へ現れたとされる予言獣です。
長い髪、くちばしのような口、鱗に覆われた体、三本の足またはひれを持つ、不思議な半人半魚の姿で描かれます。
日本の予言獣の中では、現代で最も有名な存在です。
予言の内容
アマビエは、海中から光を放ちながら現れ、
「これから六年間は諸国で豊作が続く。しかし、疫病も流行する」
と告げたとされます。
さらに、疫病を避けるために、自分の姿を写して人々に見せるよう命じました。
予言を伝えたアマビエは、そのまま海中へ消えていったといいます。
特徴
アマビエの特徴は、災厄を告げるだけでなく、自らの姿を疫病除けの護符として提示した点です。
2020年には疫病退散の象徴として再び注目され、多くのイラストや工芸品が作られました。
ただし、江戸時代のアマビエに関する記録は非常に少なく、似た名前を持つアマビコから派生した、あるいは名前を書き間違えた可能性も指摘されています。
3. 神社姫(じんじゃひめ)
神社姫は、江戸時代後期に肥前国の海辺へ現れたとされる予言獣です。
人間の女性のような顔、二本の角、巨大な魚の体を持ち、尾の先は剣のように三つへ分かれていたとされます。
自らを龍宮から来た使者と名乗りました。
予言の内容
神社姫は、これから数年間は豊作が続く一方、その後に「ころり」と呼ばれる流行病が起こると予言しました。
さらに、自分の姿を描いた絵を見れば病を避けられ、長寿を得られると告げたとされます。
特徴
神社姫は、人魚や龍宮の使者を思わせる海の予言獣です。
豊作と疫病を同時に告げ、絵姿によって災いを避ける方法を教える点は、アマビエとよく似ています。
ただし、地域で長く語り継がれた妖怪というより、江戸後期の刷物や随筆を通じて知られた怪異と考えるのが自然です。
4. 姫魚(ひめうお)
姫魚は、肥前国の平戸沖へ現れたとされる魚型の予言獣です。
長い髪を持つ金色の魚のような姿で、背中には宝珠のようなものが並んでいたと伝えられます。
神社姫と同じく、龍宮から来た存在として語られることがあります。
予言の内容
姫魚は、これから豊作が続く一方で、「ころり」と呼ばれる病が流行すると告げました。
そして、自分の姿を描いて人々に見せることで、病難を免れることができると伝えたとされます。
特徴
姫魚と神社姫は、出現した場所、時期、予言の内容に共通点が多くあります。
そのため、同じ予言獣が異なる名前や姿で伝わった可能性も考えられます。
ただし、残された絵姿や記述には違いがあるため、このブログでは別名ではなく、近い系統に属する別の予言獣として扱います。
5. クタベ
クタベは、越中国の立山に現れたとされる、人間の顔と獣の体を持つ予言獣です。
江戸時代後期、疫病への不安が高まる中で刷物や読み物を通して広まりました。
「クダベ」「クタ部」と表記されることもあります。
予言の内容
クタベは、数年以内に正体不明の疫病が流行し、多くの人が命を落とすと予言しました。
その一方で、自分の姿を描いた絵を見れば、病難を免れられると告げたとされます。
特徴
クタベも、災いの予告と絵姿による厄除けをセットで伝える予言獣です。
ただし、立山周辺で古くから語り継がれてきた地域妖怪とは限りません。
「立山に現れた怪異」という設定を持つ刷物が都市部で広まり、その結果、立山の予言獣として知られるようになったと考えられています。
6. ヨゲンノトリ
ヨゲンノトリは、白と黒の二つの頭を持つ、不思議な鳥です。
江戸時代末期のコレラ流行を記録した『暴瀉病流行日記』に、双頭の鳥の絵と予言が残されています。
「ヨゲンノトリ」という名前は古い記録に記された正式名称ではなく、所蔵資料を紹介する際に山梨県立博物館が付けた現代の呼称です。
予言の内容
記録によると、この双頭の鳥は加賀国の白山に現れ、
「翌年の八月から九月ごろ、世の中の多くの人が死ぬ災難が起こる」
と予言しました。
さらに、自分の姿を朝夕に仰ぎ、信心する者は、その災難から逃れられると告げたとされます。
翌年には実際にコレラが大流行しました。
特徴
ヨゲンノトリも、未来の疫病を予告し、自分の姿を見ることを災難除けとして勧める存在です。
アマビエと同様、2020年の感染症流行をきっかけに広く知られるようになりました。
白と黒の頭を持つ独特な姿は、ほかの予言獣とは異なる強い印象を残します。
予言獣と関係の深い妖怪・神獣
予言そのものを主な能力としないものの、未来の災厄や病除けと深く関係する存在もいます。
白澤(はくたく)
白澤は、中国に由来する知恵の神獣です。
万物や怪異に通じ、病魔や災いを避けるための知識を人間に授けたとされます。
具体的な未来を予言する存在というより、これから遭遇する怪異や災厄に備える知恵を伝える存在です。
そのため、予言獣というより「災厄を見通し、回避法を教える神獣」として関連づけられます。
人魚(にんぎょ)
日本の人魚は、現れると嵐や災害が起こるなど、異変の前兆として語られることがあります。
ただし、件やアマビエのように、人間の言葉で具体的な未来を告げるとは限りません。
未来を予言する妖怪というより、出現そのものが災いの兆しになる怪異です。
牛女(うしおんな)
牛女は、牛と女性が合わさった姿で語られる怪異です。
後世には件の女性版や、件と対になる存在として解釈され、予言能力を持つと説明されることがあります。
ただし、独立した予言獣としての古い記録は件ほど明確ではなく、戦後の都市伝説や創作作品の影響も強い存在です。
まとめ
日本には、未来の豊作、疫病、飢饉、戦争などを告げる妖怪・予言獣が数多く伝えられています。
姿はそれぞれ異なりますが、未来の災いを知らせ、自分の絵姿を通して人々を救おうとする点は共通しています。
疫病や災害への不安が消えない現代でも、アマビエをはじめとする予言獣が再び注目されるのは、未来を知り、災いを避けたいという人間の願いが、昔も今も変わらないからなのかもしれません。