
突然、体にできた腫れ物が人間の顔になって話し始める。
腹の中から、自分とは別の声が聞こえてくる。
そして疫病が流行すると、
「疫病をもたらす神が町へやって来た」
と考える。
病気の原因を科学的に知ることが難しかった時代、人々は説明のつかない身体の異変や疫病に、妖怪・神・虫などの姿を与えることがありました。
この記事では、そうした「病そのものが怪異化したもの」と「病をもたらすと考えられた神や怪異」を5つ紹介します。
なお、「妖怪病」は民俗学上の統一された正式ジャンル名というより、本記事で病と怪異の関係を整理するために使う便宜的な呼び方です。
狐憑きや犬神など、霊的な存在が人へ取り憑いて異変を起こすものは「憑き物」の伝承として別に扱います。
- 「妖怪病」とは?
- 1. 人面瘡(じんめんそう)
- 2. 応声虫(おうせいちゅう)
- 3. 寝肥(ねぶとり)
- 4. 疫病神(やくびょうがみ)
- 5. 疱瘡神(ほうそうがみ)
- 「妖怪病」と「憑き物」は何が違う?
- まとめ
「妖怪病」とは?
今回紹介する怪異は、大きく二つに分けられます。
① 病・身体異常そのものが怪異になる
- 人面瘡
- 応声虫
- 寝肥
腫れ物が人の顔になる。
腹の中に別の声を出す虫がいる。
眠ると人間の体が異常なほど膨れ上がる。
病気や身体の異常そのものが、奇妙な姿や意思を持った怪異として語られるタイプです。
② 病気をもたらす神・怪異
- 疫病神
- 疱瘡神
こちらは病気そのものではありません。
疫病や疱瘡が流行する原因として、
「病を運んでくる何者かがいる」
と考え、その存在を神や怪異として人格化したものです。
1. 人面瘡(じんめんそう)

人面瘡は、人間の体にできた腫れ物やおできが、やがて人間の顔のようになる怪異です。
最初は普通の腫れ物だったものが治らず、やがて目・鼻・口のようなものが現れます。
さらに恐ろしいことに、その顔はただ人間に似ているだけではありません。
夜になると話す。
水を欲しがる。
食べ物を求める。
酒を飲ませると酔ったような反応をする。
まるで患者とは別の生命が、体の一部に宿ったように振る舞うとされます。
妖怪病としての怖さ
人面瘡の怖さは、
「自分の体なのに、自分ではないものがいる」
ことです。
自分の皮膚、腹、手足・・・
そこから別の顔が生まれ、意思を持って話し始める。
身体そのものが異界になってしまう怪異です。
2. 応声虫(おうせいちゅう)

応声虫は、人間の腹の中に棲みつき、人の問いかけに応じて声を出すとされた怪虫です。
江戸時代の随筆『塩尻』には、元禄16年(1703年)、京都の職人の息子が突然発熱した後、腹の中から声が聞こえるようになったという話が記されています。
少年が話すと、腹の中の声が返事をする。
ときには少年本人と言い争う。
薬や祈祷をしても、なかなか声は消えませんでした。
そこで医師が「応声虫」の仕業と考え、虫が嫌うとされた薬を飲ませます。
すると声は弱まり、最後にはトカゲのような形で額に小さな角を持つ虫が体外へ出て、少年は回復したと記されています。
妖怪病としての怖さ
人面瘡が、
「体の表面にもう一つの顔ができる怪異」
なら、応声虫は、
「体の中にもう一人いるような怪異」
です。
本人が何も言っていないのに腹から声がする。
しかも、その声には意思がある。
現代の感覚で読んでも、かなり不気味な症例です。
応声虫は中国の説話や本草書にも見られ、日本でも複数の随筆・説話に記録された怪異です。
3. 寝肥(ねぶとり)

寝肥は、江戸時代の奇談集『桃山人夜話』に登場する、女性の身体異常を怪異的に描いた存在です。
普段は美しい女性。
ところが眠りにつくと、その体はみるみる膨れ上がり、座敷いっぱいになるほど巨大化するとされます。
さらに、眠っている間には車輪が轟くような大いびきをかきます。
妖怪病としての面白さ
寝肥は、人面瘡や応声虫とは少し性格が違います。
人面瘡では、腫れ物そのものが別の顔になります。
応声虫では、体内に棲む虫が別人格のように声を出します。
それに対して寝肥では、
本人の身体そのものが、眠っている間だけ異常な姿へ変化する。
という形で怪異が現れます。
4. 疫病神(やくびょうがみ)

疫病神は、疫病や災いを人間の世界へもたらすと考えられた神です。
病気そのものが妖怪になった人面瘡とは異なり、
「疫病を運んでくる存在」
として想像されました。
町へやって来る。
村へ入る。
家へ入り込む。
人へ取り憑く。
そうして病気を広げると考えられたのです。
なぜ疫病を神にした?
感染症の原因が分からなかった時代。
一人が病気になったと思ったら、家族へ広がる。
そして隣の家。
さらに村全体へ。
目に見えない何かが移動しているように感じられたでしょう。
そこで、
「疫病神が村へ入ってきた」
と考える。
疫病神を村の外へ送り出す「疫神送り」などの習俗も、こうした病気の人格化と結びついています。
病を倒すのではなく、
もてなす、鎮める、境界の外へ送り返す。
そこに、昔の人々の疫病への向き合い方を見ることができます。
5. 疱瘡神(ほうそうがみ)

疱瘡神は、疱瘡、つまり天然痘をもたらすと考えられた神です。
疫病神が広く疫病全般と結びつくのに対し、疱瘡神は特定の病気と非常に強く結びついています。
伝承によって、老婆、童子、坊主
など、人間に近い姿で現れることもあります。
追い払うのではなく「もてなす」
疱瘡神の興味深いところは、
必ずしも力ずくで追い払おうとしない
ことです。
恐ろしい病をもたらす存在だからこそ、
怒らせない。
丁重にもてなす。
供物を捧げる。
病人が回復したら送り出す。
という信仰が生まれました。
病気そのものを意思のある神として考えれば、
「機嫌よく帰ってもらう」
という発想が生まれるのも不思議ではありません。
「妖怪病」と「憑き物」は何が違う?
病気と怪異を扱うと、
狐憑き。
犬神。
河童憑き。
なども近い存在に見えます。
しかし今回は、それらを「妖怪病」から外しています。
人面瘡・応声虫・寝肥
身体や身体異常そのものに怪異性が現れる。
人面瘡なら腫れ物が顔になる。
応声虫なら腹の中から別の声が聞こえる。
寝肥なら眠っている間に身体が異常に膨れ上がる。
疫病神・疱瘡神
病をもたらす存在そのものが人格化・神格化されている。
狐憑き・犬神など
外部の霊的存在が人間へ憑依した結果、異常が起こる。
こちらは「憑き物」の伝承として整理した方が分かりやすいでしょう。
「憑きもの系」妖怪はこちらでまとめています
まとめ
病と怪異が結びついた伝承には、実に不思議なものがあります。
一口に「病と妖怪」といっても、
病変そのものが怪異になる。
身体の中に異物が棲む。
身体そのものが異常な姿へ変化する。
病気を神として人格化する。
その形はさまざまです。
こうした怪異は、病気や身体の異常という「よく分からないもの」に姿と名前を与えようとした、人々の想像力を現在に伝えています。