
関東地方の妖怪と聞くと、江戸の怪談や本所七不思議を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし関東には、筑波山や赤城山、日光、秩父などの山岳地帯、利根川や印旛沼の水辺、鹿島・香取の信仰、さらに伊豆諸島の物忌みまで、土地ごとに異なる妖怪・怪異が伝えられています。
この記事では、関東地方との結びつきが強く確認できる妖怪30体を紹介します。
- 関東広域に伝わる妖怪・怪異
- 茨城県の妖怪・怪異
- 栃木県の妖怪・怪異
- 群馬県の妖怪・怪異
- 埼玉県の妖怪・怪異
- 千葉県の妖怪・怪異
- 神奈川県の妖怪・怪異
- 東京都の代表的な妖怪・怪異
- まとめ|関東の妖怪は山・水・都市・島の暮らしを映している
関東広域に伝わる妖怪・怪異
1.オサキ
分類:憑きもの・小動物型の怪異
主な伝承地:群馬県、栃木県、埼玉県秩父地方、東京都奥多摩地方、茨城県など

オサキは、関東の山村を中心に語られてきた、小さな獣の姿をした憑きものです。
鼠や鼬に似る、尾が二つに分かれるなど姿の説明には地域差があります。特定の家筋がオサキを使って富を得るという俗信があり、「オサキ持ち」と疑われた家が婚姻や村付き合いで避けられることもありました。
単なる狐の妖怪というより、家筋への疑念や村落内の緊張を映した憑きもの信仰として見る必要があります。
2.金霊
分類:富の精霊・吉兆
主な伝承地:江戸・東京を中心とする関東地方、東海地方など

金霊は、訪れた家へ富をもたらすとされた金銭の精霊です。
鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』で、善い行いをする者には天から福が与えられるという趣旨で描きました。一方、近代の民俗資料には、光る玉や金色のものが家へ飛び込むと、その家が栄えるという話も記録されています。
3.一つ目小僧
分類:人型の妖怪・事八日の来訪怪異
主な伝承地:東京都、神奈川県をはじめとする関東地方

一つ目小僧は、顔の中央に大きな目が一つだけある子ども姿の妖怪です。
江戸の妖怪画では人を驚かせる比較的無害な存在として描かれましたが、関東の「事八日」の習俗では性格が異なります。12月8日や2月8日に家々を訪れ、人の行いを帳面に記して疫病神へ報告するとされたのです。
神奈川県二宮町などでは、目が多い籠を軒先に掲げ、一つ目小僧を追い払う風習が伝えられています。
4.要石
分類:霊石・地震鎮めの信仰
主な伝承地:茨城県鹿嶋市・鹿島神宮、千葉県香取市・香取神宮

要石は、地中に棲む大鯰を押さえ、地震を鎮めていると伝えられる霊石です。
鹿島神宮と香取神宮の双方にあり、地表へ出ている部分は小さくても、地下深くまで続いていると信じられてきました。水戸光圀が掘らせても根元へ届かなかったという伝説も残ります。
要石そのものは妖怪ではありません。地震という災害を、神・霊石・大鯰の関係で説明した信仰上の存在です。
5.地震鯰
分類:災害を起こす怪魚・民間信仰上の怪異
主な伝承地:鹿島・香取信仰圏、江戸を中心とする関東地方

地震鯰は、地下で身を動かして地震を起こすと考えられた巨大な鯰です。
鹿島・香取の要石と対になる存在ですが、「地震は巨大鯰の仕業」という考えが古代から全国一様に定着していたわけではありません。とくに安政2年(1855年)の安政江戸地震後、鯰を擬人化した「鯰絵」が大量に出版され、江戸の災害表象として広く知られるようになりました。
6.大百足―日光・赤城の神戦伝説
分類:神の化身・巨大虫型の怪物
主な伝承地:栃木県日光地方、群馬県赤城山・老神温泉周辺

日光と赤城を結ぶ神戦伝説では、日光男体山の神が百足、赤城山の神が大蛇の姿となって戦ったと語られます。
群馬県沼田市の老神温泉には、傷ついた大蛇が湧き出た温泉で回復し、追ってきた百足を退けたという「追い神」の伝説が残っています。
近江で俵藤太が退治した大百足とは別系統の地域伝承です。同じ大百足でも、ここでは山の神同士の争いを動物の姿で表した存在として扱います。
茨城県の妖怪・怪異
7.夜刀神
分類:蛇神・土地神
主な伝承地:茨城県行方市周辺

夜刀神は、『常陸国風土記』に記された、頭に角を持つ蛇の姿の土地神です。
葦原を開墾しようとした人々の前に群れをなして現れ、災いをもたらしたとされます。人間側は土地の境を定め、神の領域を侵さないことを約束して祀りました。
8.累
分類:女性の怨霊・怪談上の人物
主な伝承地:茨城県常総市・累ヶ淵周辺

累は、夫に殺された恨みから一族へ祟ったとされる女性の怨霊です。
常総市には累の墓が伝わり、祐天上人による怨霊救済の物語と結びついています。ただし、現在広く知られる筋書きは、実在の墓や地域の伝承だけでなく、江戸時代の読本、浄瑠璃、歌舞伎などによって大きく展開したものです。
歴史上の人物像と、後世の怪談作品に描かれた「累」を分けて考える必要があります。
9.イクチ
分類:海の怪魚・船を脅かす怪異
主な伝承地:常陸沖、関東近海など

イクチは、外海に現れる、非常に長い鰻や海蛇のような怪物です。
江戸時代の随筆『譚海』には、常陸の海でイクチが船を越える際、大量の油を落とすため、船人が沈没を防ごうと油を汲み出し続けたという話が記されています。
文献によってイクチ、イクジ、アヤカシなど名称や姿の整理には揺れがありますが、常陸沖との結びつきが確認できる海の怪異です。
10.ダイダラボッチ
分類:巨人・地形創成の伝説
主な伝承地:茨城県各地、筑波山周辺

ダイダラボッチは、山や沼、巨大な足跡などを作ったとされる巨人です。茨城県では「ダイダラボウ」とも呼ばれます。
低かった空を押し上げた、日当たりを悪くしていた山を動かした、筑波山と富士山を天秤にかけようとして筑波山の峰を割ったなど、各地の地形を説明する物語が伝わります。
人を襲う怪物というより、土地の成り立ちを途方もない巨人の仕事として語る地形伝説の主人公です。
11.祢々子河童
分類:河童・水辺の妖怪
主な伝承地:茨城県利根町・利根川流域

祢々子河童は、利根川流域を転々としたとされる女河童です。
利根町の公式資料では、関八州の河童の総元締めで、無双の暴れ者だったとされています。しかし、加納家の若旦那と相撲を取って敗れたことをきっかけに、悪事から足を洗いました。
河童が馬を川へ引く一般的な「河童駒引」の話と混同せず、利根町に伝わる相撲の型を中心に紹介するのが安全です。
12.蚕神・金色姫
分類:養蚕の神・民間信仰
主な伝承地:茨城県つくば市、日立市、神栖市など

蚕神は、蚕の成長や繭の豊作を守る養蚕の神です。妖怪ではありません。
茨城県には、うつろ舟で漂着した金色姫が亡くなった後、蚕や繭へ変じ、養蚕の技術を人々へ伝えたという伝説があります。つくば市の蚕影神社、日立市の蠶養神社、神栖市の蚕霊神社などに類話が残ります。
13.天狗―愛宕山の十三天狗
分類:山岳信仰の怪異・天狗
主な伝承地:茨城県笠間市・愛宕山

天狗は全国の山々に伝わる存在ですが、茨城県笠間市の愛宕山には「十三天狗」という明確な地域伝承があります。
愛宕山は筑波山や加波山と並ぶ修験の山とされ、杉山僧正をはじめとする大小の天狗が住んだと語られました。現在も飯綱神社の裏には、十三天狗を祀る石祠が残っています。
栃木県の妖怪・怪異
14.化け灯籠
分類:灯籠にまつわる怪異・奉納物
主な伝承地:栃木県日光市・日光二荒山神社

化け灯籠は、日光二荒山神社の境内に残る青銅製の灯籠です。
神社の公式説明では、夜警の武士たちが灯籠の火を怪しい炎、あるいは化け物と見誤り、何度も斬りつけたとされています。灯籠には現在も多数の刀傷が残っています。
15.九尾の狐・玉藻前
分類:狐妖怪・伝説上の女性
主な伝承地:栃木県那須町・殺生石周辺

玉藻前は、鳥羽上皇に仕えた美しい女性の正体が九尾の狐だったという伝説上の存在です。
正体を見破られた後、那須野で討たれ、その怨念が毒気を放つ殺生石になったと語られます。のちに玄翁和尚が石を打ち砕き、祟りを鎮めたという話も有名です。
16.雷獣
分類:雷の獣・天候の怪異
主な伝承地:栃木県那須烏山市周辺

雷獣は、雷雲とともに現れるとされた獣型の怪異です。
下野国烏山周辺の記録では、鼠に似て鼬より大きく、山の穴から首を出し、夕立の雲が来るとそれに乗って飛び去るとされます。春には雷獣狩りを行ったとも記されています。
17.米とぎ婆
分類:音の怪異・水辺の老婆妖怪
主な伝承地:栃木県芳賀郡茂木町

米とぎ婆は、夜の水辺で米をとぐような音を立てる怪異です。
茂木町では「米とぎ婆さま」と呼ばれ、エンコブという場所で「エンコブガッチャカチャ」と米を洗っているため、子どもは近づかないよう戒められました。
姿を現す老婆というより、危険な水辺へ子どもを寄せつけないための音の怪異としての性格が強い伝承です。
18.病田
分類:祟る土地・田の怪異
主な伝承地:栃木県足利市を含む東日本各地

病田は、耕作すると持ち主や家族が病気になると恐れられた田です。
栃木県足利市にも、耕すと田の所有者が病気になるという伝承が記録されています。姿を持つ妖怪ではなく、田そのもの、またはその土地に残る死者や過去の出来事が災いを起こすと考えられた場所の怪異です。
群馬県の妖怪・怪異
19.茂林寺の釜
分類:霊験ある器物・古狸伝説
主な伝承地:群馬県館林市・茂林寺

茂林寺の釜は、昔話「分福茶釜」の舞台となった茂林寺に伝わる不思議な茶釜です。
寺に伝わる話では、狸が茶釜そのものに化けたのではありません。寺へ釜を持参した守鶴という僧が、実は長い年月を生きた古狸で、釜は一度湯を入れると尽きなかったとされます。
狸が茶釜に化けて芸を見せる物語は、後世に広まった昔話・童話の型です。寺伝と童話版を分けて紹介する必要があります。
埼玉県の妖怪・怪異
20.袖引小僧
分類:道の怪異
主な伝承地:埼玉県川島町、川越地方など

袖引小僧は、夕暮れの道で通行人の袖を後ろから引く怪異です。
振り返っても誰もおらず、歩き出すと再び袖を引かれます。民俗資料では埼玉県西部の村々で語られたとされ、川島町の事例も記録されています。
落武者や殺された子どもの霊とする由来話も知られますが、古い記録の中心は「袖を引かれるが姿は見えない」という簡潔な現象です。
21.山犬・御眷属
分類:狼の神使・山の怪異
主な伝承地:埼玉県秩父市・三峯神社周辺

山犬は、山中に現れる犬や狼に似た存在です。人を襲う恐ろしい獣として語られる一方、山道を守る「送り犬」や神の使いとして信仰されることもありました。
三峯神社では、狼を神の御眷属として「お犬様」と呼びます。山里では猪や鹿を防ぎ、町や村では火難・盗難を防ぐ存在として信仰され、江戸を含む関東各地に三峯講が広まりました。
22.小豆婆・小豆洗い
分類:音の怪異・老婆妖怪
主な伝承地:埼玉県さいたま市、川越市など

埼玉県には、夕暮れの川や堀、廃寺などで小豆をとぐ音を立てる「小豆婆」の伝承があります。
さいたま市吉敷町では、夕暮れになると川から小豆をとぐような音が聞こえたと記録されています。川越周辺では、子どもを脅して危険な場所へ近づけないための老婆妖怪としても語られました。
全国的な小豆洗いの一型ですが、埼玉では音だけでなく「婆」の姿や子どもへの戒めが強調される例があります。
千葉県の妖怪・怪異
23.カワボタル
分類:怪火
主な伝承地:千葉県・印旛沼周辺

カワボタルは、夜の印旛沼に現れる火のような怪異です。
『利根川図志』を引く柳田國男の記録では、小雨の夜などに火が現れて蓑の端へ付き、払うほど全身を包むものの、熱くはないと説明されています。
普通の蛍の大群と断定できる記録ではなく、熱を持たず人へまとわりつく怪火として伝えられた存在です。
24.二口女
分類:奇談集に登場する女性怪異
主な舞台:下総国

二口女は、後頭部にもう一つの口を持つ女性の怪異です。
江戸時代の奇談集『絵本百物語』では、下総国のある家を舞台に、継子を餓死させた女の後頭部の傷が口のようになり、食べ物を求めるという因果応報の話が描かれます。
25.貉
分類:化け獣・動物の怪異
主な伝承地:千葉県各地

貉は、アナグマや狸などと重ねられながら、人を化かす獣として語られてきました。
千葉県の民俗資料には、「狐は前から化かすが、貉は後ろから化かす」とする俗信があります。貉に化かされると穴へ落ちるなど、狐より危険だと考えられたのです。
26.砂まき狸
分類:化け狸・道の怪異
主な伝承地:千葉県、利根川中流域など

砂まき狸は、木の上や道端から通行人へ砂を降らせる狸の怪異です。
大正期の千葉県の記録には、狸が川砂を体へまぶして木に登り、人が通ると体を振って砂を落としたという話があります。利根川中流の堤防にもよく似た話が記録されています。
神奈川県の妖怪・怪異
27.土用坊主
分類:土地神・季節の禁忌
主な伝承地:神奈川県相模原市緑区青根

土用坊主は、土用の期間に屋敷の敷地へ現れるとされた土地の神です。
この時期に土を掘ったり草をむしったりすると、土用坊主の頭を引っかくことになるため、土いじりを避けたといいます。
28.舞首
分類:首の怨霊・文芸上の怪異
主な舞台:神奈川県真鶴町周辺

舞首は、三つの生首が海上で互いに噛み合いながら舞い、夜には火を吐くとされる怪異です。
江戸時代の『絵本百物語』では、真鶴の祭礼で争って死んだ三人の怨念が首となり、死後も争い続けたと語られます。海面に巴形の波が立つことから、巴ヶ淵の名とも結びつけられました。
東京都の代表的な妖怪・怪異
東京都には、江戸の都市怪談、本所七不思議、四谷怪談、王子の狐火、多摩の山岳信仰、伊豆諸島の怪異など、非常に多くの伝承があります。
そのため、東京都は別でまとめ記事を用意しています。
ここでは江戸市中と島しょ部から1体ずつ紹介します。
29.足洗邸
分類:屋敷の怪異・本所七不思議
主な伝承地:東京都墨田区・旧本所

足洗邸は、旗本屋敷の天井を突き破って巨大な足が現れ、「足を洗え」と命じる怪異です。
住人が足を洗えば静かに消えますが、拒めば天井を踏み壊すほど暴れたとされます。屋敷の主が替わると怪異が起こらなくなったという筋もあり、江戸の武家屋敷を舞台にした都市怪談の代表例です。
30.海難法師
分類:海の霊・来訪する怪異・物忌み
主な伝承地:東京都伊豆諸島、とくに大島・新島・三宅島など

海難法師は、正月24日の夜に海から訪れるとされた恐ろしい霊的存在です。三宅島などでは「カンナンボウシ」とも呼ばれました。
この夜に外へ出たり、その姿を見たりすると災いに遭うとされ、人々は戸を閉ざして物忌みを行いました。由来は、海難死した若者たちの霊、殺された代官の亡霊など、島によって異なります。
さらに「日忌様」「二十五日様」「忌の日の明神」など、似た時期の行事でも神・怨霊・来訪神の性格は島ごとに違います。
まとめ|関東の妖怪は山・水・都市・島の暮らしを映している
関東の怪異には山、川、沼、田畑、都市、海といった土地の環境と、そこで暮らした人々の信仰や不安が映し出されています。
妖怪を都道府県名だけで切り分けるのではなく、旧国名、河川流域、山岳信仰圏、島ごとの習俗まで見ることで、関東の妖怪文化はより立体的に見えてきます。